小谷靖憲は明治四十二年一月七日広島県呉市の生まれ。昭和八年七月に靖國神社内の日本刀鍛錬会に入会、梶山靖徳の指導を仰ぎ、昭和十年七月に陸軍大臣林銑十郎より靖憲の名を拝受した。因みに靖憲師畢生の一振といえば、昭和十六年一月に東条英機陸軍大臣の需で精鍛した熱田神宮奉納太刀であろう。占領軍の接収を恐れて他所(末社か)へ移されていたものを弊社の深海社長が縁あって入手、平成七年八月八日に呉市在住の靖憲刀匠に連絡をとり、伴って熱田神宮へ貢納した。奉献太刀を五十四年ぶりに手にした靖憲師は、「この刀は苦労したんだ...四度も作り直しを命じられた」と感無量の様子であったという(注)。 この太刀は、身幅広く刃区深々として生ぶ刃が遺され、腰反り高く鋒猪首ごころに造り込まれて鎌倉期の太刀の如き大丈夫ぶりの雄姿。地鉄は小板目肌が詰み澄み、地沸が微塵について、晴れやかな鉄色。刃文は丁子乱刃、桜花を想わせる刃が押し合うような態となる華やかな乱れで、刃縁に淡雪のような沸が密集して明るく、長い足が柔らかく入り、刃中には微細な沸の粒子が立ち込めて霞立つように澄む。帽子は横手を焼き込み、端正な小丸に返る。茎に太鑚で刻された銘字には今尚鑚枕が強く起って鮮明。昭和十九年十二月、高級将校の注文で精鍛された作であろう、出色の出来栄えである。 注...『銀座情報』百七号参照。靖憲師は当時八十六歳であった。










Hiroshima · 1926-1989頃
現在1点販売中
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
小谷靖憲は明治四十二年一月七日広島県呉市の生まれ。昭和八年七月に靖國神社内の日本刀鍛錬会に入会、梶山靖徳の指導を仰ぎ、昭和十年七月に陸軍大臣林銑十郎より靖憲の名を拝受した。因みに靖憲師畢生の一振といえば、昭和十六年一月に東条英機陸軍大臣の需で精鍛した熱田神宮奉納太刀であろう。占領軍の接収を恐れて他所(末社か)へ移されていたものを弊社の深海社長が縁あって入手、平成七年八月八日に呉市在住の靖憲刀匠に連絡をとり、伴って熱田神宮へ貢納した。奉献太刀を五十四年ぶりに手にした靖憲師は、「この刀は苦労したんだ...四度も作り直しを命じられた」と感無量の様子であったという(注)。 この太刀は、身幅広く刃区深々として生ぶ刃が遺され、腰反り高く鋒猪首ごころに造り込まれて鎌倉期の太刀の如き大丈夫ぶりの雄姿。地鉄は小板目肌が詰み澄み、地沸が微塵について、晴れやかな鉄色。刃文は丁子乱刃、桜花を想わせる刃が押し合うような態となる華やかな乱れで、刃縁に淡雪のような沸が密集して明るく、長い足が柔らかく入り、刃中には微細な沸の粒子が立ち込めて霞立つように澄む。帽子は横手を焼き込み、端正な小丸に返る。茎に太鑚で刻された銘字には今尚鑚枕が強く起って鮮明。昭和十九年十二月、高級将校の注文で精鍛された作であろう、出色の出来栄えである。 注...『銀座情報』百七号参照。靖憲師は当時八十六歳であった。










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日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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