新刀の時代は、その大部分が京都で発明された。埋忠明寿の工房が運動を育て、堀川国広が一世代を鍛え、鎚を持たぬ本阿弥家が名刀の意味を司った。
Kanbun era(A.D.1661-1672, early Edo period) Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 3.03cm Saki-haba (width at Kissaki) approx. 2.06cm 父兼道に伴って美濃国より京に移住して栄えた三品伊賀守金道(みしないがのかみきんみち注1)には、来金道、吉道、正俊の三人の弟がいる。吉道は丹波守、正俊は越中守を、そして来金道は文禄四年十二月七日に和泉守を受領した。その二代目来金道は元和二年五月六日に越後守を、さらに三代は正保三年十一月十六日に和泉守を受領し、後に入道して榮泉と名乗り、寛文十二年に法橋となった。 この刀は、和泉守来金道三代の寛文年間の作とみられ、僅かな区送りながら、鎬筋が凛として反り控えめに中鋒延びごころの洗練味のある造り込み。地鉄は小板目肌が詰み澄み、微塵の地沸が均一に付いてしっとりと潤い、断ち割った直後の梨の実の断面を想起させる。相州古作を手本とした刃文は、浅い湾れに尖りごころの刃と箱がかった刃を交えた構成。刃縁に降り積もった新雪のような沸が付き、湯走りと刃中の太い沸筋が眩く輝き、物打辺りには金筋が沸を切り裂くように躍動して覇気に満ち、深々とした微細な沸の粒子が昂然と輝いて刃色の明るい刃中に太い足が入る。帽子は掃き掛けて小丸に返り、棟の処々を焼く。茎は和泉守金道らしく先の尖った栗尻に仕立てられ、一画一画が鮮明で鑚強く太く入念に刻された銘字に鑚枕が立ち、勅許の裏菊紋が誇らしげに刻されている。志津兼氏を見るような堂々の大作(注3)となっている。











新刀 · 山城 · 1673-1681頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位63%
現在3点販売中
新刀 · 山城
現在55点販売中
三品派は、美濃国関の兼道を源流とし、その子らが京へ上って興した新刀の一門である。説明書は、兼道の四子すなわち長兄伊賀守金道、来金道、丹波守吉道、末弟越中守正俊が父と共に美濃より上京し、西洞院夷川に住して三品派の名を大いに高めたと記す。長兄金道は京五鍛冶の頭領にして、その家は刀工の受領を朝廷に推薦する権を世襲し、銘に「日本鍛冶宗匠」と添えて幕末に及んだ。やがて一門は京にとどまらず大坂へも枝を張り、京初代丹波守吉道の子が大坂に移って大坂丹波の祖となり、その周囲に大和守吉道が連なり、丹後守兼道のごとく大坂に住して元禄頃に活躍した工も出た。末関の量産地に発しながら、堀川派と並ぶ京新刀の一大勢力に育ち、さらに大坂へと展開した点に、この一門の歩みがある。 作風を貫くのは、工と世代の差を越えて繰り返される三品の共通語法である。地鉄は板目に杢や流れ肌を交えて棟寄りに強く流れ、刃寄りで柾がかって肌立ち、地沸微塵に厚くつき地景のよく入るもので、美濃関の継承を京の作にまで伝える。京の古い手が肌立つ板目を見せるのに対し、大坂の系では小板目をよくつめ清く澄んだ地に転ずる差がある。刃文は美濃由来の互の目と尖り刃を基調に、これを京風に洗練して小のたれの大乱れに展開し、沸が強く時に荒くむら立ち、砂流しさかんに金筋長く入る。最も明快な見どころは帽子で、のたれ込みに先尖って掃きかける三品帽子は一門の標識をなし、末弟正俊にことに顕著である。いま一つの標識が丹波守吉道の創案した簾刃で、湯走り・飛焼・砂流しが幾重にも縞がかって簾の如く焼かれる。金道と正俊が志津風を共に得意として作域広く、吉道はこの簾刃の一手に己を結び、大坂の系はその簾刃を最もよく継いだ。同じ語法のうちに、各工の手が読み分けられる。 収集の観点では、三品派は新刀草創の格と明快な鑑定の勘所をあわせ持つ一門である。先尖って掃きかける三品帽子と、縞がかって平行に焼かれる簾刃の二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、大坂の直ぐで均一の焼出しは京の手と分かつ目印となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、初代伊賀守金道は一派中最も優れた手とされ、初代丹波守吉道は初期新刀屈指の名工に数えられ、末弟正俊は器用さ兄弟中第一と評される。一門の作はおおむね在銘で、銘そのものが時の標識となり、由緒の確かさをもって賞翫される。来歴の知られる作は谷干城の愛刀、佐竹家、織田有楽斎、北野天満宮、皇室、大坂城代青山家の蔵を経て伝わり、一口は京都国立博物館に納まる。最上手の在銘作が市に現れるのは折々のことで容易ではないが、一たび相見えれば、三品派が美濃関より京・大坂へいかに展開したかを語る確かな証となる。 詳しく見る →
京 新刀の源流
新刀の時代は、その大部分が京都で発明された。埋忠明寿の工房が運動を育て、堀川国広が一世代を鍛え、鎚を持たぬ本阿弥家が名刀の意味を司った。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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