説明

BUSHIDO ANTIQUE JAPANESE SWORDS ホーム 研ぎ・修復 販売品目 古美術日本刀 テキサス・コレクション(刀剣・刀装具) 刀装具 > 鍔(300ドル以上) 鍔(300ドル以下) 縁頭 小柄 目貫 書籍 用品 白鞘袋 その他販売品 当店について 刀剣動画 古美術日本刀 > 古刀 兼常(美濃伝) 古刀 兼常(美濃伝) 商品番号: GY97 $4,000.00 $4,000.00 在庫切れ 美濃伝の銘工、兼常の手による見事な長巻直し(長刀直し)脇差をご紹介いたします。本作は後年に磨り上げられ、脇差の長さとなっております。 時代は古刀期。銘は「兼常」と切られておりますが、同時代に同名の刀工が12名ほど存在するため、そのうちの誰であるかを特定するのは困難です。 本作には1987年の北カリフォルニア日本刀保存会(Token Taikai)による鑑定書が付属しており、銘は真正、時代は室町後期と極められています。また、前所有者がNTHK(日本刀保存刀剣会)の鑑定に出した際も、室町後期(享禄頃・1530年頃)の真作と判断されましたが、当時は錆が深かったため鑑定書の発行には至りませんでした。現在は最上研磨が施され、金着一重腰祐乗鎺、朴の木白鞘に収まっております。 肌: 板目肌立ち、流れごころの板目交じる。白気映り立ち、地沸つく。鎬地は流れがかった肌。 刃文: 匂口締まりごころの互の目乱れ。先に向かって幅を広げ、尖り刃を交えた丁子乱れとなる。丁子の足・葉入り、物内部近辺には明瞭な飛焼、および棟焼が見られる。 彫物: 薙刀樋 茎: 磨り上げ、尻は緩やかな切り。鑢目不明瞭。目釘孔一個。裏に「兼常」の銘あり。 帽子: 乱れ込み、返り深い。 長さ: 50.0 cm 茎長: 12.7 cm 元幅: 2.75 cm 先幅: 2.83 cm 元重: 7.3 mm 反り: 1.4 cm 旧蔵:G. Yang コレクション Facebook Twitter Pinterest Google+ 数量 カートに入れる お問い合わせ 電話:808-988-9908 ホーム 研ぎ・修復 販売品目 古美術日本刀 テキサス・コレクション(刀剣・刀装具) 刀装具

Koto Kanetsune Mino School

Koto Kanetsune Mino School

脇差

$4,000

世界77社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

刀工

Kanetsune

流派

Mino

時代

Muromachi

仕様

長さ

50 cm

反り

1.4 cm

元幅

2.75 cm

先幅

2.83 cm

流派について

Seki School関派

美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。