説明

手掻派は東大寺に隷属した刀工集団で、東大寺転害門の門前に住していたことから、手掻(てがい)と呼称されるようになった。鎌倉中期正応(1288)頃の包永を祖とすると伝え、正宗十哲の兼氏も手掻派に属したといわれている。包清は、包永の子と伝え、鎌倉末期に活躍している。この刀は、身幅広く、腰反りつき、鋒僅かに延びごころとなる鎌倉後期の姿で、杢目肌に、刃寄り棟寄り柾掛り、地沸厚くつき、淡く映りが立つ冴えた美しい地鉄に、直刃調に、小互の目交じり、ほつれ・食い違いなど掛り、足・葉頻りに掛り、小沸よくつき、金筋長く頻りに掛り、匂口明るい。頗る健全、刃中の働き盛んで、地刃冴える傑作である。

手掻包清 刀 特別保存刀剣
売切れ
Tokuho売切れ

手掻包清 刀 特別保存刀剣

売却済

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仕様

長さ

68.8 cm

反り

1.6 cm

元幅

3 cm

先幅

2.1 cm

作者について

Tegai Kanekiyo包清

1 重要刀剣
刀剣商

永楽堂

eirakudo.shop

売切れ