説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Reading in the moonlight motif fuchigashira 蘇東玻(そとう��ば)であろうか。月明かりや雪明りを頼りに勉学に励み、立身出世したという江泌(こうひ)や孫康(そんこう)という人達もいる。しかし、そのような勧学の図とは趣を異にする月下読書図である。静謐で充足した空気を纏ったこの人物は一体誰であろうか。『日本刀大鑑』に同図の鐔が所載されている。笹や苔に覆われた庵とも呼べないような、木の洞か洞穴の入り口のような場所。にもかかわらず、この人物の衣装の文様は鳳凰で、しかも容貌は鼻筋が通って気品がある。蘇東玻は中国北宋の政治家。作詩に秀で、当代随一の書家でもあった。政争に敗れ、幾度も辺境に左遷、追放されたが、彼を描いた絵には不思議と悲壮感が無い。鍛えの良い鉄地を深く彫り込み、鋤き出し、金銀素銅を象嵌色絵した本作は、詳細な描写の中に芯の通った政隨らしい気概を感じさせ、生気に満ちている。縁には降り積もった雪と煌々と照る月が高彫象嵌色絵されている。実際に月明りや雪明りで書を読むのは簡単ではないだろう。理想とする心の在り様を描いたのであろうか、清々しい作である。

月下読書図縁頭 銘 政隨
Tokuho

月下読書図縁頭 銘 政隨

縁頭

¥550,000

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流派について

Hamano School浜野派

浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。

刀剣商

銀座長州屋

ginza.choshuya.co.jp

¥550,000

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