室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
番号:AS26031 脇差:白鞘、黒漆塗笛巻鞘小道具付、箱入り(第11回重要刀剣) 銘:平長盛 末古刀:上作:豊後:永正(1504–1521年頃) (弊社では刀剣の出来映えにより、最上作、上々作、上作、普通作の四段階に分類しております。本作は平長盛の作品中、最高クラスの出来映えです。) ハバキ:金着二重ハバキ(桐紋散らし) 長さ:1尺7寸 反り:5分5厘 目釘穴:1個 元幅:2.91 cm 重ね:0.85 cm 刀身重量:460 g 時代:室町時代初期(15世紀) 体配:菖蒲造りに両面棒樋を掻き通す。表に真の繰利伽羅、裏に三鈷剣の見事な彫刻を施す。 地鉄:小板目肌よく練れ、白気映り立つ。 刃文:沸出来、明るく冴えた直刃。 特徴:平長盛は豊後高田派の刀工です。年紀銘のある作品は稀ですが、室町時代初期の長禄(1457-1460年)頃から二、三代続いたと伝えられています。重要刀剣指定書によれば、本作は初代の作と鑑せられます。長盛は彫物の名手であったようで、彫りのある作品が数多く現存しています。 葵美術より: 室町時代の作品で重要刀剣に指定されるものは決して多くありませんが、本作は地鉄、刃文、そして彫刻のいずれにおいても平高田派の中で群を抜いた出来映えを示しており、重要刀剣に認定された極めて貴重な一振りです。 なお、本作は『豊後刀』33頁、および『藤代義雄著:古刀編』241頁に掲載されています。 拵: 鞘:黒漆塗青貝散らし笛巻鞘 鍔:赤銅魚子地、人物図を高彫り 縁:赤銅魚子地、花鳥に虎の図 頭:水牛角 目貫:馬の図 柄:白鮫皮、黒糸捻巻 小柄:赤銅魚子地 笄:赤銅魚子地、鳥の図
平長盛は豊後国高田派の刀工で、長禄頃の人と伝えているが、長盛銘の作に年紀のあるものを見ないのは遺憾 である。しかし他の作刀に比して時代的にはほぼ適確であるが同名二代乃至三代あるもののようである。この刀は その初代であり、一般に「平高田」と称せられている中で、長盛の技術は抜群である。最も直刃調の作を得意とし、 平高田物中では特に地がねが良く、間々見る彫物も見事である。この作は脇指ではあるが、同作中の白眉であり、 あらゆる点に於て平高田物の標本である







平長盛は豊後国高田派の刀工で、長禄頃の人と伝えているが、長盛銘の作に年紀のあるものを見ないのは遺憾 である。しかし他の作刀に比して時代的にはほぼ適確であるが同名二代乃至三代あるもののようである。この刀は その初代であり、一般に「平高田」と称せられている中で、長盛の技術は抜群である。最も直刃調の作を得意とし、 平高田物中では特に地がねが良く、間々見る彫物も見事である。この作は脇指ではあるが、同作中の白眉であり、 あらゆる点に於て平高田物の標本である
備前伝 · 豊後 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
長盛の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
番号:AS26031 脇差:白鞘、黒漆塗笛巻鞘小道具付、箱入り(第11回重要刀剣) 銘:平長盛 末古刀:上作:豊後:永正(1504–1521年頃) (弊社では刀剣の出来映えにより、最上作、上々作、上作、普通作の四段階に分類しております。本作は平長盛の作品中、最高クラスの出来映えです。) ハバキ:金着二重ハバキ(桐紋散らし) 長さ:1尺7寸 反り:5分5厘 目釘穴:1個 元幅:2.91 cm 重ね:0.85 cm 刀身重量:460 g 時代:室町時代初期(15世紀) 体配:菖蒲造りに両面棒樋を掻き通す。表に真の繰利伽羅、裏に三鈷剣の見事な彫刻を施す。 地鉄:小板目肌よく練れ、白気映り立つ。 刃文:沸出来、明るく冴えた直刃。 特徴:平長盛は豊後高田派の刀工です。年紀銘のある作品は稀ですが、室町時代初期の長禄(1457-1460年)頃から二、三代続いたと伝えられています。重要刀剣指定書によれば、本作は初代の作と鑑せられます。長盛は彫物の名手であったようで、彫りのある作品が数多く現存しています。 葵美術より: 室町時代の作品で重要刀剣に指定されるものは決して多くありませんが、本作は地鉄、刃文、そして彫刻のいずれにおいても平高田派の中で群を抜いた出来映えを示しており、重要刀剣に認定された極めて貴重な一振りです。 なお、本作は『豊後刀』33頁、および『藤代義雄著:古刀編』241頁に掲載されています。 拵: 鞘:黒漆塗青貝散らし笛巻鞘 鍔:赤銅魚子地、人物図を高彫り 縁:赤銅魚子地、花鳥に虎の図 頭:水牛角 目貫:馬の図 柄:白鮫皮、黒糸捻巻 小柄:赤銅魚子地 笄:赤銅魚子地、鳥の図
平長盛は豊後国高田派の刀工で、長禄頃の人と伝えているが、長盛銘の作に年紀のあるものを見ないのは遺憾 である。しかし他の作刀に比して時代的にはほぼ適確であるが同名二代乃至三代あるもののようである。この刀は その初代であり、一般に「平高田」と称せられている中で、長盛の技術は抜群である。最も直刃調の作を得意とし、 平高田物中では特に地がねが良く、間々見る彫物も見事である。この作は脇指ではあるが、同作中の白眉であり、 あらゆる点に於て平高田物の標本である







平長盛は豊後国高田派の刀工で、長禄頃の人と伝えているが、長盛銘の作に年紀のあるものを見ないのは遺憾 である。しかし他の作刀に比して時代的にはほぼ適確であるが同名二代乃至三代あるもののようである。この刀は その初代であり、一般に「平高田」と称せられている中で、長盛の技術は抜群である。最も直刃調の作を得意とし、 平高田物中では特に地がねが良く、間々見る彫物も見事である。この作は脇指ではあるが、同作中の白眉であり、 あらゆる点に於て平高田物の標本である
備前伝 · 豊後 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
長盛の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 豊後
現在44点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。