奈良利寿は、寛文七年(1667)に生まれ、通称を太兵衛といい、元文元年(1736)、七十歳で歿した。安親・乗意と並んで『奈良三作』と称賛されている三人の中では年齢的に最も年輩であり、技術も優れている。奈良派の刀装具工として、その名跡は高く評価されている。
利寿の作風は、人物図を得意とし、縁頭の製作に抜群の技術を示している。鐔や小柄は僅少で、縁頭の作品が多い。地鉄は赤銅、鉄、真鍮、朧銀など多様であり、それぞれに趣向を凝らした作風を展開している。赤銅地には石目地を施すことが多く、鉄地には独特な石目を蒔く。真鍮地には石目地や荒らし地を用いる。朧銀地は部分的に漆をかけ、黒味を帯びた渋味のある作風を見せる。彫技は鋤出高彫を基調とし、高彫、据文象嵌、色絵を駆使する。金、銀、赤銅、四分一、素銅などの色金を象嵌し、鮮やかに画題を生かす。その彫口は隅々にまで力が漲り、巧みな色金使い、漆を使用した仕上げなど、利寿ならではの重厚な技芸が遺憾なく発揮されている。人物の表情は写実的であり、武者の図は後藤家の武者よりも真実性を多分に有している点に見どころがある。動物図においては、高彫の巧みさ・石目地の技巧性に彼の優れた技量が横溢としている。構図の取り方が実に巧みであり、地金の処理、紋の高彫、象嵌色金総てに卓越した技術が窺われる。
利寿の作品は、その豪壮の気が自然に溢れる品格が備わっていると評される。僅かな空間を最大限に活用し、躍動感を対象に与える技術の高さは特筆される。特に、鐘馗と鬼の表情が独特であり、眼を見開いて威容を調える鐘馗と辺りを警戒して落ち着きなく怯える鬼の姿を見事に表現している。また、寿老の柔和な表情には同工独特のものがあり、その微妙な肉取りと、しなやかな鏨行には目をみはるものがある。奈良派の頂点に位置し、奈良三作の筆頭に上げられている利寿の作品は、雅趣に富み、格調が高いと評価されている。