越中宇多派の国次は、文明十七年十二月日の年紀を刻む在銘の槍によって時代が定まる。この槍は二字銘の刀とともに第十四回重要刀剣に指定され、さらにもう一振の刀が第二十八回に指定されている。説明は第十四回の両作において同じく、「宇多派は文保の頃、大和国宇多郡から移住し、古入道国光を祖としたと伝え、越中国宇多郡で栄えた一派である」と記す。第二十八回の説明は、一派が新刀にまで及び、室町時代に特に栄えて数多くの刀工が作刀をのこしたことを加えている。
槍は平三角造で、平地の櫃の中に三鈷剣を彫る。鍛えは板目やや肌立ち、地色黒味がかり、刃文は小湾れに互の目乱れ交り、叢沸つき、砂流し頻りにかかる。帽子は乱れこみ、尖りごころに返る。茎は生ぶで、表に作者銘、裏に年紀がある。説明は「この派の槍は現存するものが少く、姿も出来も優れ」とし、文明の年紀はこの派の研究上貴重であるばかりでなく、室町より時代の上る槍の有銘作をみないことからも貴重であると述べる。
二振の刀は、この派の室町時代の打刀を示す。一振は生ぶ茎で目釘孔を挟んで大振りの二字銘があり、反浅く中鋒、板目肌に沸よくつき、刃文は大乱れに互の目・飛焼交り、小足・葉入り、砂流し頻りにかかり、小沸つき、棟焼頻りにかかる。帽子は乱れこみ、やや長く返り、掃きかける。説明は「この国次は二字銘ながら室町時代のこの派の作として出来がよく、同時代の打刀姿であり、同派の特色が見られる」と評する。もう一振は身幅広く重ねやや重く、反り浅く大鋒で、表裏に棒樋を掻く。鍛えはやや肌立ってザングリとし、地沸つき地斑ごころ交じり、刃文は互の目に尖り刃・腰開きの互の目交じり、足・葉入り、沸むらにつきこずむ。帽子は少し乱れて先小丸、表裏とも喰違刃交じる。説明は堂々とした姿と地刃の出来を認め、「茎尻が張るのも室町時代の宇多派の特色」とする。
三作を通じて、国次は室町時代後期の宇多派の工として、肌立つ板目に沸づいた互の目を焼き、砂流しの働きが盛んである。刀には二字銘を切り、年紀のある槍には派名を冠した銘を切っている。