元亀二年(一五七一)紀の刀で、「備前国住長船孫右衛門尉清光作之」と長銘に切るこの一口は、説明書が本工の標準として掲げる打刀であり、地がねを極めてよきものとし、広直刃に小足・葉のよく入るものとして、これを清光作の傑作であるばかりでなく、「この時代の同派の典型的且つ代表作」とする。清光は室町時代末期の長船鍛冶、汎称して末備前と呼ばれる工房群とその作を代表する名の一つで、この数多い名の中にあって説明書は二人を上工として挙げる。すなわち五郎左衛門尉と孫右衛門尉であり、本録を満たすのは後者である。本工は孫右衛門尉を冠して永禄年間(一五五八〜一五七〇)に働き、説明書はこの俗名に二代があるとして、本録の永禄期の作をその二代と鑑する。本録の作はいずれも生ぶ茎に在銘・年紀を有する刀であり、末備前の名としてはほぼ余すところなく知られる作群で、長船を冠する長銘を帯びるものもある。
本工の評価はまず直刃にある。説明書は孫右衛門尉を五郎左衛門尉と並ぶ清光中の技術の高い工とし、ともに直刃を得意とするとして、その広直刃を清光一派の特色そのものとする(「清光一派の特色」)。典型の刀は身幅広く重ね厚く、鎬高く先反りのつく頑健な打刀で、中鋒やや延びごころ、あるいは大鋒となり、これに小互の目や丁子風の刃を交えた広直刃を焼く。刃中に足・葉繁く入り、匂口締りごころに小沸つき、最上手の作では明るく冴え、細かに砂流しかかる。頑健な姿にこの手を焼き、刃の働きよく匂口の冴えたものを、説明書は直刃を得意とする清光の本領がよく示されたものと評する(「直刃を得意とする清光の本領がよく示されている」)。
その刃を支える地鉄もまた、本工の見どころの一半をなす。よくつんだ板目・小板目に地沸つき、優れた作には地景細かに入る。本工の地鉄を際立たせ、説明書がことに名指すのは、忠光・祐定が肌をつめるのに対し、清光は板目に杢を交えてやや肌立たせる点で、説明書はこれを本工の特色とする(「板目に杢が交じって肌立つ鍛えに特色がある」)。例外がかえって常態を語る。元亀の刀など最上手の作では、同じ説明書がその小板目を「叢なくつんで」精緻な肌合と評し、地鉄の出来がこれらの一口を常の作から抜きん出させている。帽子は直刃の作では直ぐに小丸、先掃きかけごころとなり、互の目乱れの作では乱れ込んで先尖り、あるいは複式の作では表小丸・裏尖りごころとなる。
この静かな作域に対し、本工はより華やかな第二の手を焼き、説明書はこれを逸脱ではなく本工の典型として扱う。その見どころは腰の開いた互の目、複式となり、小互の目や尖り刃を交え、あるいはのたれに角張った刃を交えて、足・葉入り、小沸つき、砂流し・金筋かかり、棟焼・飛焼の入るものである。説明書は小沸のついた腰の開いた互の目をもって与三左衛門尉祐定に似たものとし(「与三左衛門尉祐定にも似て」)、これらを本工の互の目乱れの代表作とし(「孫右衛門尉清光の互の目乱れの代表作」)、他の末備前刀工と同様に作域が広く大湾れ・皆焼・互の目乱れに及ぶとする。姿そのものも読みの一部であり、説明書はこの期に至ると「寸法も長くなり、茎も両手で使用するに適した」長いものとなると記す。幅広で大鋒の最末期の姿は、室町の終焉を示すものである。
末備前の中で孫右衛門尉を際立たせるものは、対比によってではなく本工自身の作によって読まれる。小互の目を交え足・葉の繁く入る広直刃は説明書が本工の名に結びつける手で、その作域中もっとも静かなものであり、一方の腰の開いた互の目に棟焼・飛焼を交えるものは、その作域を祐定の方へ、また末備前の華やかな好みの方へと広げて、説明書はその一口を孫右衛門尉清光の直刃の代表作とも称する(「孫右衛門尉清光の直刃の代表作」)。忠光・祐定は直刃を共にするが、板目に杢の交じる肌立った地鉄こそ、本工の直刃を彼らの直刃から見分ける見どころである。本工の作には在りし日を時と所に定める注文者銘を帯びるものが幾口かあり、就中、備前の守護代浦上宗景を名指すもの、宗景のために重宝として鍛えた一口、天神山城において宗景の末代のために鍛えた一口などがある。説明書はこの注文者を守護代浦上宗景に比定し(「この紀宗景とは備前の守護代浦上宗景のことであろう」)、これらを本工の地位を知る資料として貴重とする。
その名に負う指定の重みは、広大ではないが堅実である。十口が重要刀剣であって、特別重要刀剣やそれより上の指定の域に及ぶものはなく、指定の頂ではなくその中上層に築かれた記録であり、指定因子も刀工の長い列の下方に位置する。来歴は薄く記されるにとどまり、もっとも確かな手がかりは、後の所有者の列ではなく刀身そのものに切られた浦上宗景の注文者銘である。確かな在銘・年紀の孫右衛門尉清光の作は末備前の名としては相応の数が遺り、説明書がその手の傑作とする生ぶ茎在銘の一口(「清光作の傑作であるばかりでなく」)は、待つ収集家にとって末備前の大家の中ではなお出会い得る側にある。重要刀剣の域は折にふれて現れ、肌立った地鉄に明るい広直刃を焼いた在銘・年紀の永禄の刀は、現れればそれが一つの画期となる。本工は、ついに到らなかったより稀なる域に求めるよりも、かかる正直な、来歴の確かな一口を通して相見えるべき工である。