兼次(かねつぐ)は、美濃国志津の刀工。正宗十哲の一人に数えられる兼氏の門人であるとされる。兼友、兼重、兼信らと共に直江に移住し作刀したため、彼ら一門は直江志津と総称される。銘鑑には初代兼氏の子、または門人とあり、観応年間(1350年 - )に活躍したとされる。現存する在銘作は極めて少なく、年紀のあるものは特に貴重である。
作風は、板目、杢交じりの鍛えに流れ肌が現れることがあり、地沸がつき、地景が細かく入る。刃文は、逆がかった小のたれ調の互の目を連れ、匂深く小沸がよくつき、砂流しかかり、匂口が明るい。帽子は、浅くのたれ込み、先尖りごころに小丸となるものが見られる。姿は、身幅に比して寸延びたものや、小振りで内反りのあるものなどが見られる。茎は生ぶで、先栗尻、鑢目檜垣、銘は細鏨で大きく二字銘を切る。
直江志津の刀工の中でも、兼次の在銘作は資料として貴重であり、同工同派を識る上で重要な存在である。特に年紀銘のあるものは、志津一派の研究の足がかりとなる。地刃の出来口は直江志津の特徴をよく示しており、無銘志津極めの好資料となる。