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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 志津
  3. 直江志津
  4. 兼友

Naoe Shizu Kanetomo

兼友

重要
巻 68, 番 9 · 短刀

Naoe Shizu Kanetomo

兼友

評価作品11点

国美濃時代Engen (1336–1340)時代区分南北朝流派志津>直江志津伝法美濃伝代1st藤代Jo-jo saku刀工大鑑750(上位15%)種別刀工コードKAN2562
2重要美術品
9重要刀剣

概要

直江志津の兼友は、本文に初代兼氏門下の一人と伝える。兼氏は美濃が相州伝に受けた志津の工で、正宗十哲の一人に数えられる。一派の名は移住に由来する。兼氏とその門人、兼友もその一人だが、彼らははじめ美濃の志津に作刀し、後に同国直江に移って鍛えたため、その一門を直江志津と総称した。本文は兼友をこの派の代表工の一人に挙げ、「直江志津を代表する刀工の一人」と記す。兼友の名そのものは南北朝初期から室町時代にわたって数代に継がれ、銘鑑にも応安頃・応永頃と複数の兼友が載る。ここに扱うのは南北朝期の同工で、その典型作を本文は十四世紀半ばの延文・貞治頃に置く。無銘の短刀と大磨上の刀が、直江志津の作風を最も色濃く伝える工である。

その手は数少ない在銘作から読み取られ、無銘の大半に渡して読まれる。弁別の軸は丸みをおびた互の目をのたれ・小のたれと取り合わせ、小沸出来に焼く点で、本文はこれを直江志津一門中で兼友の「最も得意とするところ」と呼ぶ。頭の丸い互の目が連れて続き、この互の目の連れる態こそ、無銘作を在銘作に結ぶ際に本文が立ち返る見どころである。砂流しが刃中に頻りにかかり、しばしば金筋を伴って、激しめの作では出来口にやや迫力を与え、穏やかな在銘作では同じ働きが静かで穏雅な作位に収まる。足が入り、処々に沸がつき、匂口は深く、優品では明るく冴える。帽子は刃に応じて乱れ込みあるいはのたれ込んで小丸に返り、先はしばしば掃きかける。

地鉄は志津・相州伝の地を美濃に移したものである。板目に杢を交え、処々流れ、時に幾分肌立ち、地沸が厚くつき、地景がよく入って鉄を縫う。優れた短刀ではこの鍛えこそ本文が殊に称えるところで、鍛えが優れ、地刃ともに沸が厚くつくとされる。備前の工なら乱れ映りとして現れるべき映りはここにはなく、地鉄は地沸の深さと地景の働きによって語る。或る在銘の短刀は小板目がよくつみ詰んで映りごころを見せ、やや趣を異にするが、作の常は開いてよく錬れた直江の地で、幅広の南北朝短刀では肌立ちごころとなり、鉄は冴え働きは明瞭である。

本文は典型作の中に二つの作位を分け、第三のものをそこから切り離す。在銘の作位は稀少だが背骨であり、現存の大半が無銘で、これらに結ぶことで極められるからである。本文は有銘の作を頗る貴重とし、「有銘は頗る貴重」と記す。繰り返し引かれる拠り所は重要美術品に指定された在銘の短刀で、鍛えは板目に杢を交えて処々流れ、刃文は丸い互の目に小のたれを交えて処々連れごころとなり、小沸出来で穏雅な感を示す。無銘極めはことごとくこれに照らされる。これと別に、本文が常の直江志津の出来から切り離す在銘の刀一口がある。よく錬れた地鉄に直刃を焼いて白け、地刃の出来と銘振りから室町前期と鑑し、末関ではなく「善定派の作風」へ寄せて読み、この時代に善定派に兼友を名乗る工がいたのかもしれないと推す。名が複数の系統にわたることの証であり、白ける直刃の兼友は沸出来・互の目の同工とは別の手に属する。

美濃伝の中で兼友は兼氏の直下に立つ。兼氏は正宗の相州伝を美濃に伝えた工である。兼友の基盤はその作風を美濃の鉄に移したもので、兼氏自身よりも穏やかで実直である。板目・杢の地に地沸厚く地景の入る地鉄と、互の目・のたれに砂流し・金筋を交えた沸出来の刃がそれである。本文は同工の作を、上の正系相州伝からも下の末関の同名工からも区別し、借りた比較ではなく自らの見どころによって一門中に位置づける。すなわち頭の丸い互の目の連れる態、頻りの砂流しと金筋、明るく深い匂口、そして小丸に掃きかける帽子である。直江派の作には彫物は稀で、本文も「彫物は稀」と記すゆえ、棒樋に添樋、二筋樋、素剣や護摩箸といった彫がわずかな作に見えることは見処として注記される。

兼友は鍛えの質によって藤代の上々作に位置づけられる。記録には重要刀剣九口と、戦前の重要美術品の短刀二口が遺り、指定の作位は重要刀剣九・重美二で、その大半は無銘の短刀と大磨上の刀、在銘作は稀少で貴ばれる少数である。国宝はなく重要文化財もない。記録の重みは正直に重要刀剣の作位と、極めを支える在銘の重要美術品短刀二口にある。所伝は乏しいながら確かで、重美短刀の一口は愛知の成瀬美雄を経て今は日本美術刀剣保存協会の蔵に帰し、他の一口は大阪の梶村茂を経、さらに一口は熱田神宮に記録される。在銘を第一として、私蔵の直江志津兼友が市に出るのは折にふれ、忍耐をもってのことである。無銘の短刀・刀は稀な在銘作よりは現れるが、兼友はいずれにせよ南北朝の格をもつ作で、容易な入手の対象ではない。本文が最も高い言葉を惜しまぬのは、小品ながら元先にかけて金筋・沸筋・砂流しが迫力をもって走る短刀であり、明るく冴える匂口と緩みのない肌模様が併さって、それを「賞揚すべき優品」と評する。

鑑定

一つの直江志津の地鉄と小沸出来の刃を、数少ない在銘作から読み取り、無銘の極めに渡して読む。極めの大半を支える互の目+のたれの中核作風、稀少で極めの拠り所となる在銘の作位、そして本文が直江志津から離して善定派へ寄せて読む室町前期の直刃の異色作を切り分ける

直江志津の兼友は、本文に正宗十哲の一人に数えられる志津兼氏初代の門人の一人と伝える。兼氏の門人達が美濃の志津から同国直江に移って作刀したため、一門を直江志津と総称し、本文は兼友をその代表工の一人に数える。兼友の名は南北朝初期から室町時代にわたって数代に継がれ、銘鑑には複数の兼友が見えるが、ここに扱うのは南北朝期の同工で、その典型は延文・貞治頃に置かれる。本質は数少ない在銘作から読まれる。それは僅かに遺り、本文が頗る貴重と称するもので、板目に杢を交え、地沸厚く地景がよく入り、時に流れ肌・肌立ちを交えた地に、丸みをおびた互の目をのたれ・小のたれと取り合わせ、小沸出来に焼き、砂流し・金筋がかかり、匂口が明るく冴え、帽子は乱れ込みあるいはのたれ込んで小丸となり、しばしば掃きかける。本文はこの互の目とのたれを小沸出来に取り合わせる作風を、一門中で兼友が最も得意とするところと呼ぶ。重要刀剣の作の大半は無銘の短刀と大磨上の刀で、その極めは在銘の重要美術品短刀に結ばれる。

鑑定の決め手

作品の55% ・ 直江志津の基準比 1.5倍

作風の変遷

直江志津の中核作風(互の目にのたれ、小沸出来)

本文が直江志津一門中で兼友の最も得意とするところと呼ぶ作風。頭の丸い互の目が連れる態こそ、無銘の短刀・刀を在銘作に結ぶ見どころである

兼友への極めの大半を支え、本文が一門中で同工の最も得意とするところと呼ぶ作風である。板目に杢を交え、地沸が厚くつき地景がよく入り、流れ肌、時に肌立ちを交えた地に、丸みをおびた互の目をのたれあるいは小のたれと取り合わせ、小沸出来に焼く。足が入り、沸がつき、砂流しが頻りにかかって金筋が現れ、匂口は深く、優品では明るく冴える。帽子は乱れ込みあるいはのたれ込んで小丸に返り、先は掃きかけることが多い。本文はこの互の目とのたれを小沸出来に取り合わせる出来を直江派の典型とし、兼友の最も得意とする作風と読み、頭の丸い互の目が連れる態を無銘作が在銘作に結ばれる見どころとする。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

在銘の作位(極めの拠り所となる稀少作)

銘に紐づく。二字銘あるいは直江志津兼友の在銘は本文が頗る貴重と呼ぶ作を標し、重要美術品の短刀が無銘極めの判定の基準となる

数少ない在銘作が記録の背骨である。残る大半は無銘で、これらに結ぶことで同工に極められるからである。在銘作は大振り太鏨の二字銘、あるいは直江兼友・直江志津兼友と長く切るもので、本文は有銘の作が頗る貴重であると強調する。繰り返し引かれる拠り所は重要美術品に指定された在銘の短刀で、鍛えは板目に杢を交えて処々流れ、刃文は丸い互の目に小のたれを交えて処々連れごころとなり、小沸出来で穏雅な感を示す。本文が首肯する無銘極めはことごとくこの在銘作に照らされ、頭の丸い互の目と小沸出来が一致の点となる。一方で在銘の刀は二代の作とされ、室町初期を下らぬものとされる。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

善定派へ寄せて読む室町前期の直刃作

確証はやや弱い在銘の室町前期の刀に紐づく。よく錬れた地鉄に直刃を焼き白ける点が常の直江志津と異なり、本文は末関でなく善定派へ寄せて読む

本文が常の直江志津の出来から切り離し、むしろ善定派の作風へ寄せて読む在銘の刀一口で、兼友の名が数代・複数の系統にわたることを示す。地鉄は板目に杢を交えて処々流れ、地沸つき、白ける。刃文は直刃に互の目を交え、小沸出来で、足入り、腰元に僅かに金筋がかかり、帽子は直ぐに小丸、先僅かに掃きかける。本文は地刃の出来と銘振りの特徴から室町前期と鑑し、末関の同銘とは異なるとし、この時代に善定派に兼友を名乗る工がいたのかもしれないと推す。ここでは中位の確度で別作風として扱う。直刃と白けが中核の沸出来・互の目作と一線を画す。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

兼友は初代兼氏門下の一人と伝え、後に兼氏の門人達は美濃の志津から直江に移住して作刀し、これらを直江志津と称している。

兼友は南北朝初期から室町時代にわたって同名数代あり、銘鑑には応安頃・応永頃と複数の直江志津兼友が挙げられている。

或る在銘の刀を本文は常の直江志津の出来から切り離す。よく錬れた地鉄に直刃を焼き、末関ではなく善定派の作風へ寄せて読み、室町前期に善定派に兼友を名乗る工がいたのかもしれないと推す。

同派の作には彫物は稀であり、兼友の作に素剣や護摩箸などの彫物があることは見処として注記される。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品2
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣9

名工ランク

0.08 (指定作品11点)

刀工の上位19%

伝来

伝来記録3件 の鑑定作品における Kanetomo

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録3件

刀工の上位61%

素点:1.94 / 10

刀姿

評価作品11点の分布

銘

評価作品11点の銘の種類

販売中

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