兼法は天正年間の美濃国関の刀工である。第十七回重要刀剣に指定された刀は、表に太鏨で大振りの五字銘「濃州住兼法作」を切り、裏に「天正七年八月吉日」の年紀を刻す唯一の年紀作である。第十六回指定の刀は「関兼法」と四字を同じく太鏨で切り、説明はこれを恐らく天正頃の兼法と鑑する。
説明は本工を銘鑑の記すこの名の系譜の中に置く。「銘鑑にはその初代を文亀の頃とし、三代を天正としており、それが後に越前一乗谷に移住するとある」。年紀作の説明は、天正年紀の兼法は「関兼法三代と銘鑑にある」としつつ、同名数工あって未だ明白ではないと断り、「あるいはこの兼法が後に越前に移住したものかとも思われる」とする。
二口はともに鎬造の刀で先反り浅く、一口は中鋒延び、一口は大鋒となる。鍛えは板目流れて、年紀作では肌立ちごころとなり、地沸つき、関兼法の一口では鎬地柾となる。刃文は小湾れに互の目交じり、年紀作では足・葉入り、砂流しかかり、総体に匂口沈みごころとなって小沸つく。もう一口では尖り刃を交え、刃縁ほつれて沸つき、総体に砂流しかかり、処々に金筋かかる。帽子はともに乱れ込み、一口は先直ぐに小丸に返り、一口は先大丸となって掃きかける。茎は生ぶで栗尻、鑢目は年紀作が檜垣、関銘の一口が鷹の羽で、年紀作は表裏に棒樋に添樋を掻き通す。
説明はこれらを優れた末関の作として重んじる。関兼法の一口については「末関として出来が優れ」、銘振も参考となるとする。年紀作については、いわゆる「末関」の名で呼ばれている「これ等の刀工の作にも優れたものがあって」、「天正年紀とともに今後の研究資料としても貴重である」とする。重要刀剣に指定された作は二口で、いずれにも伝来の記録はない。