備前の親次は、在銘太刀二振によって知られる。第四十九回重要刀剣に指定された一振と、御物の一振である。重要刀剣の太刀について、説明は「鎌倉時代末期の備前国新田庄に在住した親次の太刀である」とする。この工の有銘作は極めて少ないが、同地には一族と見られる親依・氏依・則次らが活躍し、「親依には文保・元応・嘉暦・元徳などの年紀が見られ、一派の制作年代はほぼ明らかである」。彼らの作風は「細身の太刀姿に焼の低い直刃を焼き、小足の入るものが多い」と記される。
重要刀剣の太刀はその作柄をよく示す。磨上ながらも腰反り高く、先にも反り加わり、身幅やや細く元先の幅差つき、中鋒。鍛えは小板目に杢交じり、総体に肌立ち、地沸微塵につき、地景細かに入り、棟寄りに乱れ映り、刃寄りに直ぐ状の映りが立つ。刃文は焼低く、直刃調に浅くのたれごころをおび、小互の目・小丁子交じり、物打辺やや焼高く、小足・葉入り、匂勝ちに小沸つき、金筋・砂流し僅かにかかる。帽子は浅くのたれ小丸ごころ。佩表に腰樋に添樋、裏に護摩箸があり、佩表第三目釘孔の下棟寄りに二字銘がある。説明は「現存稀な親次の在銘作として資料的にも頗る貴重である」と結ぶ。
御物の太刀はさらに長寸で、生ぶ茎、栗尻、目釘孔一、佩表目釘孔の上に細鏨の二字銘がある。腰反り高く踏張りあり、小鋒。鍛えは小板目に杢交じり肌立ちごころとなり、白けた乱れ映りが立つ。刃文は大きく焼落しがあり、その上は互の目に丁子交じり、小足・葉入り、匂口は総じて沈む。解説は銘鑑に備前国長船住の藤原親次として長銘に切るものを挙げ、文保頃の年紀作はこの工にあたるとし、この時代の備前・備中の作には焼落しが多く、再刃と断じるのは危ういと注意している。
このように二振はいずれも鎌倉時代末期の備前物で、重要刀剣の太刀は新田庄一派の焼の低い穏やかな直刃を、御物の太刀は焼落しの上に互の目・丁子の華やかな刃を見せる。同銘は備中青江・備後にもあるが、それらは別工である。