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概要·鑑定·指定·伝来·作品種別·銘·流派
概要鑑定指定伝来作品種別銘流派
  1. 流派
  2. 加納
  3. 夏雄

Kano Natsuo

夏雄

特重
巻 27, 番 42 · 鍔

Kano Natsuo

夏雄

評価作品73点

国武蔵時代Bunsei–Meiji (1828–1898)時代区分明治流派Kano伝法Kinko代1st generation師匠池田孝寿 (大月派) / 奥村庄八得意分野tsuba, fuchi-kashira, kozuka, menuki, kogai種別刀装具作者コードNAT001
4重要美術品
10特別重要刀剣59重要刀剣

概要

加納夏雄(かのうなつお)は、文政十一年(1828年)に京都に生まれ、幼くして刀剣商加納治助の養子となった。十二歳で金工、奥村庄八のもとに入門し勉強し、十四歳の時に大月派の池田孝寿について金工技を学び、寿朗と銘し、後に夏雄と改めた。期を同じくして漢文の素読を谷森種松に、絵画を円山四条派の巨匠中島来章に習った。二十七歳の時に江戸に出て研鑽、大成し、町彫最後の名人と称された。明治に入ると新貨幣鋳造の原形製作を政府より託され、明治二十三年には東京美術学校の教授となり、同年初の帝室技芸員に選ばれた。明治三十一年(1898年)、七十一歳で歿している。

夏雄の作風は、初期には魚子地を用いたものや、京都時代の素養を色濃く反映したものがみられる。鉄地、赤銅地、四分一地など多様な素材を駆使し、高彫、鋤出彫、象嵌、色絵といった技法を自在に操る。特に四分一の昼夜仕立てや虎斑の四分一磨地は夏雄の特徴として知られる。構図においては、空間を大きくとり、そこに漲る大気の層を重要視する悠々たる構図が特徴的であり、余白の美を重視した作風もみられる。また、金家風の作や安親の影響を受けたと思われる作も存在する。写実的な表現に優れ、花鳥、人物、風景など幅広い題材を手掛け、その表現は「瞬時の写実と写意を捉えた感性と彫技は卓抜」と評される。雨の表現は独特であり、清冽さを感じさせる。晩年には新貨幣の原形製作に携わった経験からか、より写実的で精緻な作風へと変化していった。

加納夏雄は、「町彫最後の名人」と称され、その技術の高さ、感性の卓越性などが結実した作品は傑作と評される。写生力と緻密な彫技を兼備し、卓越した技術にて彫り上げられた作品は、構図や空気感が他工の遠く及ぶところではない。その作品は「夏雄芸術の独壇場」であり、「夏雄芸術の到達点」とも評される。また、刀装具という小さな作品に空間の広がりと図取りの妙を表現する手腕は特筆される。総じて、夏雄の作品は、伝統的な彫金技術に円山四条派の絵画の要素を取り入れ、独自の境地を切り開いたものとして高く評価されている。

鑑定

三軸の記述:地金(昼夜仕立を含む軟質金属全般)×技法(究極の写生彫+片切彫の線描)×画題(写生の自然)。識別の鍵は写生の自然主義と片切彫の裏表現にある。

加納夏雄は町彫最後の名人、京都に学んだ絵画的彫金家で、金工を明治へと導いた。文政十一年京都に生まれ、大月派に金工を、円山四条派の中島来章に絵画を学び、比類なき写生の自然主義を大成した。これに片切彫の線描を合わせ、しばしば裏に山水や和歌を活写する。新政府より新貨幣の原型製作を託され、東京美術学校教授・初の帝室技芸員となった。赤銅・四分一・魚子地・昼夜仕立など家の地を保ちつつ、画家の眼で解き放った。

鑑定の決め手

説明は四君子を夏雄ほど写生に徹した者はないとする。円山四条派の眼が彼を画する才である

片切彫の線描は、しばしば裏に毛彫・平象嵌を伴い山水や和歌を表す、特色ある手である

鉄と四分一など対照の金属を陰陽に組む昼夜仕立の地、洗練された地の趣向

地金

軟質金属の全般:赤銅(磨地・魚子地)、四分一、朧銀、銀地、金無垢、そして大胆な一輪牡丹の鉄地、さらに鉄と四分一など対照の金属を陰陽に組む昼夜仕立。

技法

究極の高彫・鋤出高彫が写生を支え、片切彫の線描を重ねる。しばしば裏は毛彫・平象嵌と片切彫で山水や和歌を活写する。豊富な象嵌が画を支える。

画題(写生)

円山四条派の写生による自然:松・竹、牡丹、梅・菊、四君子、波と水、人物を、画家の鋭い観察で捉える。

写生の画題

松・竹、牡丹、四君子、梅・菊、波、人物を、いずれも写生する。

画題一覧

銘の変遷

銘の位置
採録銘

資料注記

銘は本名号の夏雄で、花押の有無があり、加納夏雄は主に作者表記に現れる。於東武・於造幣寮などの在所冠や、京都の誇りを示す左京人夏雄が特色で、対作には割銘がある。生年は文政十一年(一八二八)が主で十年説もあり、教授就任も明治二十三年が主で二十七年説がある。廃刀令への転換は一点、門人正佳も一点が記す。

研究

その写生は京都での円山四条派・中島来章に学んだ絵画修養の成果として記録される

金家を手本としたと自記し、作は金家風と明記される

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品4
御物—
特別重要刀剣10
重要刀剣59

名工ランク

0.44 (指定作品73点)

作者の上位2%

伝来

伝来記録9件 の鑑定作品における Natsuo

伝来ランク

名家所蔵2点、伝来記録9件

作者の上位56%

素点:1.97 / 10

作品種別

評価作品73点の分布

鍔
2130%
小柄
1522%
その他
1420%
縁頭
1217%
目貫
69%
三所物
11%

銘

評価作品73点の銘の種類

販売中

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