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概要·鑑定·栄誉·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定栄誉指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
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  3. 直綱

Naotsuna

直綱

特重
巻 4, 番 40 · 太刀

Naotsuna

直綱

評価作品74点

正宗十哲
国石見時代Kenmu (1334–1338)時代区分南北朝流派Naotsuna伝法相州伝代1st師匠Masamune藤代Jo-jo saku刀工大鑑800(上位14%)種別刀工コードNAO211
3重要美術品
2特別重要刀剣69重要刀剣

概要

直綱は南北朝時代、刀剣書が石州と呼ぶ西国の石見に作刀し、銘に「石州住」あるいは「石州出羽住」と居住地を切った。古来の所伝は本工を相州正宗の十哲、いわゆる正宗十哲の一人に数え、説明書も江戸時代以来その所伝を伝える。しかしそれをそのまま是とはしない。初代について説明書は「正宗十哲の一人に数えられているが、年代的にみて、直接のつながりにやや無理があるように思われる」と記し、その当否は今後の研究に俟つとする。現存に永和より古い年紀がないからである。確かに定め得るのは作風で、これは相模の相州伝を西の石見に伝えたものであり、説明書はその作風を「相州伝の志津、左文字に一脈相通じるところがある」と読む。

本工の手は銘よりも作風から読まれる。在銘の直綱が乏しいからである。説明書は端的に「直綱有銘作は比較的に少く」と記し、現存の多くは大磨上の無銘ゆえ、僅かな在銘の太刀はその数以上の重みを負う。極めの手がかりとなる見どころは、角ばって連れた互の目、すなわち角がかった刃が互いに歩を揃えて連れる刃に、小互の目・小のたれ・尖り刃を交えるところにある。よく沸づいた乱れに盛んな砂流しと頻りの金筋がかかり、足・葉がよく入る。説明書はある磨上の一刀にその全容をまとめ、流れた板目に地沸・地景の入った地鉄を「独特の連れた互の目、尖り刃などを駆使して砂流しや金筋のかかった作風は、石州直綱の特色ある見どころである」とする。この一文こそ本工の鑑定の核である。

地鉄は刃文の下に終始変わらぬものである。板目が流れて肌立ち、杢を交え、つむというよりは肌が開いて、地沸つき地景よく入り、かねは総じて黒みをおびて、時に僅かに白気を帯びる。その地の上の働きはまったく相州のもので、沸が厚くつき、湯走り・飛焼が上半に流れ、ある作では二重刃風が刃縁を重ね、匂口は沈みごころとなる。帽子は下の乱れに応じて乱れ込み、掃きかけて、一方は尖り一方は小丸となり、しばしば焼詰め風に結ぶ。刀の多くは表裏に棒樋を掻き通し、折々これに添樋を添える。

記録は一人の手の二つの面に截然と分かれる。第一は僅かな在銘の太刀で、その幾口かは初代の作と鑑せられ、有銘であること自体が貴ばれる。要となるのは「直綱」と二字を大振りに切った特別重要刀剣の太刀で、説明書はこれを初代と鑑し有銘ゆえ極めて貴重とし、尖りごころを交えた小のたれの刃を志津・左文字に擬する。第二の、はるかに多い面は、作風のみによって石州直綱と極められた大磨上無銘の刀である。いま一口の特別重要刀剣、長い額銘を負う磨上の刀は、角ばった互の目が刃を貫いて連れ、相州伝の働きを示す。これらは銘振りそのものが作ごとに異なり、初二代の決し難い一因となって、古伝書は世代を建武・永和・応永と区々に置く。

相州伝の中で本工の作は志津兼氏・左文字の傍らに置かれ、説明書はその刃を「相州伝の志津、左文字に一脈相通じる」とする。彼を分かつのは借り物ではなく自身のもので、黒く流れる板目の上に連れた角ばる互の目と盛んな砂流し・金筋を見せる点こそ、無銘の作を本工と極める拠り所であり、相模の相州諸工ならより精緻な地を、備前の工なら映り立つ明るくつんだ地を示すところである。彼は相州の作風を石見に持ち出して郷土の訛りを与えた工であり、切銘を欠くところでは連れた互の目がその署名となる。

収集の観点では、本工はほとんど極めを通じて出会う名である。藤代の極めは上々作。国宝はなく重要文化財もなく、その記録は特別重要刀剣二口、重要刀剣六十九口ほど、そして在銘の太刀と短刀を記す戦前の重要美術品三件を通じ、幾つかは名家の旧蔵である。その作は来歴の確かな機関・旧家に伝わり、徳川美術館・東京富士美術館がこれを蔵し、所有の記録は徳川家・上杉家、鷹司家、池田利隆、立花忠茂らに遡る。指定を受けた作も、私蔵・公蔵を問わず多くは伝えられて売買されず、しかも在銘の直綱はその指定数が示す以上に稀である。在銘の作がそれほど少ないからである。連れた互の目を負う大磨上無銘の刀は折々、根気をもって私蔵家のもとに現れる。初代と鑑せられる生ぶ在銘の太刀は出会い得る最も稀なものの一つであり、相州伝が遠き西国へいかに渡ったかを静かに語る証である。

鑑定

一人の相州伝石州の手の二つの面:初代と鑑せられる稀な生ぶ茎二字在銘の太刀という基準作と、連れた角ばる互の目・盛んな砂流し・黒みばしる流れ板目から石州直綱と極められた大磨上無銘の刀

Naotsuna is the Sekishu (Iwami) smith of the Nanbokucho period whom the old swordbooks count among the Masamune-jittetsu, the ten noted disciples of Masamune, a tradition the published sources cite from the Edo period onward yet treat with open caution, since the oldest dated work descends no earlier than the Eiwa era and the chronology will not bear a direct link to Masamune. His record is overwhelmingly one of attribution: of the surviving blades all but a few are o-suriage and mumei, with only three or so signed tachi to anchor the hand, so the name is read more from workmanship than from signature. That workmanship is Soshu-den carried to Iwami. Over a standing itame that flows, mixed with mokume, the steel tone darkish, with ji-nie and chikei, he tempers a notare-based midare whose tell is a run of squared-off, lined-up gunome with pointed elements, abundant ashi and yo, profuse sunagashi and frequent kinsuji, the nie well gathered, the boshi swept into a yakizume-like point. The published sources say this current runs together with Shizu and Samonji within the Soshu tradition. Two or three generations bear the name across the Nanbokucho into the Muromachi, and the swordbooks have not settled which signed pieces are first and which second.

鑑定の決め手

本工の互の目一般にはない特徴

本工の黒く流れる肌立ちの板目(つんだ備前の地に対して)にはない特徴

作風の変遷

在銘の太刀(基準作・初代と鑑す)

本工の基準は僅かに残る在銘の太刀で、初代の作と鑑せられるものが幾口かある。鎬造、庵棟、身幅やや狭く、反りやや浅く腰に高く、中鋒となる。地鉄は板目が流れて肌立ち、地斑を交え、地沸つき、地景入り、総体に黒味がかる。これに小のたれと互の目に尖りごころの刃を交えた特色ある刃を焼き、説明書はこれをよく沸づいた乱れ刃とし、砂流しさかんにかかり金筋入り、上半に湯走り・飛焼かかる。帽子は掃きかけて焼詰め風となる。二字の大振りな銘を切り初代と鑑せられて有銘ゆえ極めて貴重とされる特別重要刀剣の太刀がその要であり、説明書はその作風を相州伝の志津・左文字に一脈相通じるものとする。銘振りそのものが作ごとに異なる点が、初二代の決し難い一因である。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

大磨上無銘の刀(石州直綱本流の極め)

記録の本体は、石州直綱と極められた大磨上無銘の刀である。身幅広く、一部は鋒延びごころまたは大鋒となり、大磨上ながら反りはほどよくつく。地鉄は板目に杢を交えて肌立ち、地沸厚くつき、地景よく入り、僅かに白気を帯び、かね黒みをおびる。刃文こそ見どころで、角ばって連れた互の目に小互の目・小のたれ・尖りごころの刃を交え、足・葉頻りに入り、沸よくつき、砂流しかかり、所々に金筋入り、処々二重刃風が見られ、匂口沈みごころとなる。帽子は乱れ込み掃きかけ、一方は尖り一方は小丸となって焼詰め風を呈する。多くは表裏に棒樋を掻き通し、時に添樋を添える。説明書はこの極めを頗る妥当とし、流れた板目に地沸・地景の入った地鉄、独特の連れた互の目と尖り刃、砂流し・金筋こそ石州直綱の特色ある見どころであるとし、就中古く出来のよいものを初代の作と鑑する。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は、直綱(石川直綱)に同名数工があり、古伝書の多くが初代を建武・二代を永和・三代を応永とすること、初代が正宗門と伝え十哲に数えられること、そして年代と作風から正宗との直結には無理があり今後の研究に俟つべきことを記す。

現存に永和より古い年紀がなく銘振りも数種あるため、説明書は初二代等を決する結論をなお見出し得ないとする。在銘の直綱は比較的少なく多くは大磨上無銘ゆえ、連れた互の目に沸よくつき砂流しのかかる大磨上無銘の刀はその作と妥当に極められ、所伝を首肯すべきものとされる。

栄誉

正宗十哲Masamune Juttetsu (Ten Brilliant Students of Masamune)

十哲の一人と伝(年代に疑義)

正宗十哲 ― 幕末の『刀剣正纂』(文久2年・1862)に初出する後世の括りで、同書自体が「後人ノ憶説ナレバ、今取ラズ」と注記する。兼光・長義・金重・直綱は年代的に直弟子とは考え難く、則重は新藤五国光門下の相弟子とするのが通説。しかしNBTHK説明には頻繁に言及され、鑑定用語として定着している。名簿には異同があり(直綱に代えて貞宗を数える説、金剛兵衛盛高を来国次または直綱に代える説)、本栄誉は標準的な十工に付す。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品3
御物—
特別重要刀剣2
重要刀剣69

名工ランク

0.24 (指定作品74点)

刀工の上位10%

伝来

伝来記録8件 の鑑定作品における Naotsuna

伝来ランク

名家所蔵3点、伝来記録8件

刀工の上位19%

素点:2.10 / 10

刀姿

評価作品74点の分布

銘

評価作品74点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Masamune
Naotsuna
弟子(6名)
  1. 1.貞綱Sadatsuna1 販売中8指定
  2. 2.兼綱Kanetsuna1指定
  3. 3.正綱Masatsuna1指定
  4. 4.直重Naoshige1指定
  5. 5.直綱Naotsuna
  6. 6.貞綱Sadatsuna2指定

Naotsuna派

Naotsuna派の他の刀工

  1. 1.貞綱Sadatsuna1 販売中8指定
  2. 2.兼綱Kanetsuna1指定
  3. 3.直重Naoshige1指定
  4. 4.正綱Masatsuna1指定
  5. 5.末貞Suesada1指定
  6. 6.貞綱Sadatsuna2指定