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概要·鑑定·年紀作·指定·刀姿·銘·流派
概要鑑定年紀作指定刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 石堂
  3. 江戸石堂
  4. 光平

光平

Ishido Mitsuhira

特重
巻 13, 番 52 · 刀

光平

Ishido Mitsuhira

評価作品10点

国武蔵時代Genna 5 (1619), act. Jōō–Enpō時代区分江戸流派石堂>江戸石堂伝法Shinto代1st generation藤代Jo-jo saku刀工大鑑600(上位21%)種別刀工コードMIT46
1特別重要刀剣9重要刀剣

概要

正保三年八月、刀の指表の鎬筋に太鏨大振りの五字銘を切り、裏に金象嵌の截断銘を添えたこの特別重要刀剣が、日置光平に遺る最も古い年紀作で、説明はこれを同作中最も時代の溯る年紀とし、同工研究の上で頗る貴重とする。光平は源光平、時に菊花紋の下に日置出羽守源光平と銘し、「近江国蒲生郡の生まれ」、京石堂派山城守一法の長男で初め日置七郎兵衛尉と称した。説明は彼を「江戸石堂を代表する最も技量の卓抜した刀工」の一人とし、対馬守常光と並ぶ双璧とする。その本領は再興にあり、古作備前福岡一文字の華麗な丁子乱れを、新刀の明るい匂で乱れ映りの地の上に焼き直すことであった。

作を徴づけるのは丁子乱れそのもので、説明はこれを本領と読む。匂出来を主に、互の目・小互の目・頭の丸い丁子・小丁子・角がかった刃・尖りごころの刃など多種の刃を一線に交え、焼に高低が見られ、足・葉さかんに入り、匂口は明るく冴える。即ち「華麗な丁子乱れを焼いて古作の一文字を髣髴とさせる」もので、各作にわたり説明は同じく「古作の一文字に私淑して成功した一口」と評する。会心の刀では焼頭に小さな飛焼を交え、細かに砂流しがかかって、新刀の明るさに古色の趣を添える。

その刃を支える地が一文字の擬えを最後まで担う。杢・流れ肌を交えた小板目・板目を詰めて鍛え、地沸を微塵につけ、その上に乱れ映りを立てる。江戸の工中ほとんど随一にこれを成し、新刀の上に古備前の映りを再び挙げた、一文字再興を最も徴づける地の見どころである。帽子は華やかな刃に対して静かに、直ぐ又は小乱れに小丸へ入って浅く返り、先掃きかけ、幅広の刀では棟焼に繋がる。地刃ともに健全で、鋼は黒からず明るく、寛文の明るい光の中に見る備前の趣がある。

光平は年紀作が少なく、時代区分よりも一様の作風を二段の冴えで読み、当代の体配に据えて捉えるべき工である。一貫するのは映りの上の丁子乱れで、変化は匂口にある。会心の作で説明はしまりと一層の冴えを記し、特重の刀について「常々の彼の作に比して、匂口がしまり気味となり、一際明るく冴えわたっている」、「同作中でも抜群の刃味のよさを示している」とする。体配は幅広・重ね厚・中鋒つまりごころの寛文期のそれだが、説明は姿を慎重に過渡のものと読む。一見寛文新刀を想わせるが反りが比較的つき元に踏張りごころが残る、「慶長新刀より寛文新刀へ移行する過渡期の姿態」で、寛永正保頃の工によく見られる。生ぶ茎に独特の書体の太鏨大振りの長銘を切り、時に菊花紋を添え、出羽守・出羽入道泰信法橋の受領銘を伴う。

同派の中で彼を分かつのは結局は銘で、説明は繰り返す経歴の中でその点を語る。通説では光平は常光・越前守宗弘・初代石堂是一らと共に近江から江戸へ移ったとされるが、説明は遺存銘から経路と続柄を正す。赤坂銘の作は江戸石堂の工が近江から京都へ、更に江戸へ移ったことを示して直接移住とせず、光平を常光の弟とする旧説も退けられる。年紀作を逆算すれば「光平の方が六歳年長であることが理解される」。光平は源姓、常光は橘姓を名乗り、作風の共通は認めつつも兄弟説に疑問がもたれる。両者は江戸石堂の双璧で手は近く、名は銘においてのみ分かれ、一文字再興は光平の手に最もよく成ったとされる。

光平の指定は数こそ多くないが質が高く密度がある。指定作のうち十口が特別重要刀剣・重要刀剣に列なり、特重の一口は金象嵌三胴截断銘を持つ正保三年紀の刀、他は重要刀剣である。国宝・重要文化財はなく、作はすべて在銘で、無銘の極めではなく長銘から読み取れる開かれた一巻をなす。藤代は上々作とする。来歴は乏しく、自らの作のデータに大名家や美術館の名はなく、遺る作は私蔵・公蔵に静かに伝わる。蒐集家にとっては随時に出会う工で、在銘の江戸石堂の刀は折々市場に現れるに過ぎず、現れれば一事である。古備前の映りの上に立つ明るい丁子乱れによって一見で知られる、石堂一文字再興の頂として珍重される。

鑑定

一様の完成した作風を二段の冴えで読み、寛文新刀の体配に据える。一貫するのは乱れ映りの地の上の一文字再興の丁子乱れで、説明がその本領と呼び古作福岡一文字に擬する作域である。変化は匂口にあり、常々の華やかな手に対し、会心作の一際しまって冴える匂口を説明は名指しで挙げる。両者の下に寛文期の幅広・重ね厚・中鋒の体配があり、説明はこれを慶長新刀から寛文新刀へ移行する過渡期の姿態と読む。常光とは銘によってのみ分かたれ、光平は源姓、常光は橘姓を名乗り、作風は共通する。

日置光平、源光平と銘し、対馬守常光と並んで江戸石堂随一の技量を誇る寛文新刀の名工で、古作一文字の華麗な丁子乱れを再興し、乱れ映りの立つ地の上にこれを焼いた。近江国蒲生郡の生まれ、京石堂派の山城守一法の長男で初め日置七郎兵衛尉と称し、江戸に住した。説明はその系を近江から京都へ移り更に江戸へ移ったものと読み、直接の上洛とはしない。最も得意とするのは華やかな丁子乱れで、乱れ映りの立つ小板目・板目の上に匂出来で焼き、互の目・小互の目・小丁子・尖りごころの刃を交え、足・葉さかんに入って焼に高低があり、匂口明るく、鎌倉福岡一文字を髣髴とさせると評される。独特の書体の太鏨大振りの長銘を切り、時に菊花紋を添え、体配は幅広で重ね厚い寛文新刀のそれで、会心の作では匂口がしまって常より一際冴える。

鑑定の決め手

作品の91%

作品の82%

作品の82%

作品の18%

作風の変遷

本領、一文字再興の丁子乱れ

独特の書体の長銘。鎬筋を中心に切る太鏨大振りの長銘、生ぶ茎、時にその上に菊花紋、署名作の作域

説明がその本領と呼ぶ作域は匂出来の華やかな丁子乱れで、古作一文字を再興する手である。杢・流れ肌を交えた小板目・板目に地沸微塵につき乱れ映りの立つ地の上に、互の目・小互の目・頭の丸い丁子・小丁子・角がかった刃・尖りごころの刃など多種の刃を交えた丁子乱れを焼き、焼に高低が見られ足・葉さかんに入り、焼頭に小さな飛焼を交える。匂口は明るく匂勝ちとなる。帽子は直ぐ又は浅くのたれて小丸に浅く返り、先掃きかける。説明はこの多種の刃を交えた華やかな乱れを彼の持ち味と読み、私淑したという鎌倉福岡一文字を髣髴とさせる作とする。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
焼の高低
帽子 Bōshi

しまった作域、会心の出来

会心の作。匂口が常よりしまって一際冴える出来口で、説明はこれを同作中の抜群・出色と称える

常々の華やかさのかたわらに説明はもう一段の冴えを記す。同じ丁子乱れを、平生の手より匂口がしまって一際明るく焼いた会心の出来である。正保三年紀の特重の刀では、説明は常々の作に比して匂口がしまり気味となり一際明るく冴えわたるとし、同作中でも抜群の刃味とする。重要の一口も同じく匂口締まりごころ・匂勝ちと読む。これは別作風ではなく一様の作風の上段で、本領の丁子乱れを最も清かに保ったものである。これらの作は幅広・重ね厚の剛健な体配を伴い、手持ち重く頑健である。

姿 Sugata
刃文 Hamon
研究

経歴は説明のほぼ定型句で、近江国蒲生郡の生まれ、石堂一派の刀工で、通説によれば対馬守常光・越前守宗弘・石堂是一等と共に近江国から江戸に移住したものとされる。

説明は移住経路と続柄を正す。遺存する署名作は江戸石堂の工が近江から京都へ、さらに江戸へ移ったことを示して直接移住とせず、年紀作を逆算すれば光平は常光より数歳年長で、弟とする旧説に疑問が呈される。

体配は過渡期の姿態と読まれる。身幅尋常乃至広く、元先の幅差つき中鋒つまりごころで、一見寛文新刀を想わせるが、反りが比較的つき元に踏張りごころのある形状で、説明はこれを慶長新刀から寛文新刀へ移行する過渡期の姿とし、寛永正保頃の刀工によく見られるとする。

年紀作

在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代

活動期間
1653推定期間:1619–1685
指定品10点のうち1点に年紀あり
  1. 1653
    承応二年Juyo session 27, item 200

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品—
御物—
特別重要刀剣1
重要刀剣9

名工ランク

0.03 (指定作品10点)

刀工の上位25%

刀姿

評価作品10点の分布

銘

評価作品10点の銘の種類

販売中

江戸石堂派

江戸石堂派の他の刀工

  1. 1.是一Korekazu9 販売中25指定
  2. 2.安定Yasusada6 販売中11指定
  3. 3.安定Yasusada9指定

光平

光平(Mitsuhira)は、武蔵の江戸石堂派の刀工です。

Genna 5 (1619), act. Jōō–Enpōに活動しました。

作風はShintoに属します。

光平の作品には、特別重要1点、重要9点が指定されています。