津尋甫(つじんぽ)は、大津八左衛門と称し、野村正道の門人と伝えられる。江戸銀座辺に住し、宝暦十二年(1762年)に歿した。作風から見て、正道の写実的な作風を継承しつつ、独自の個性を加えたものと考えられる。同時代には、加納夏雄らの名工がおり、彼らとの交流があったかは定かではないが、作風の面で影響を受けていた可能性も否定できない。
作風は、赤銅魚子地を高彫とするものが多く、色絵を施すこともある。特に動植物を得意とし、海老、猛禽、百合図などを題材とした作品を数多く残している。縁頭の作が多いが、鐔や小柄なども手掛けている。「一般に写実に徹した作が多く、海老などの作には人の目を驚かすものがあり、すべて生物の作に秀れている」と評されるように、対象を克明に描写する技量に長けている。また、「作風は力強く且つ写生的であり、彫法は如何にも鋭い」と評されるように、その彫技は力強く、写実的でありながらも、独自の鋭さを持っている点が特徴である。目貫は容彫、小柄・笄は赤銅魚子地に金紋の作柄も見られ、後藤上代の作に範をとったものと想われる作もある。
津尋甫の作品は、写実的な描写と力強い彫技が特徴であり、江戸時代中期を代表する金工家の一人として高く評価されている。「紋模様際立って鮮麗なり」と評されるように、その作品は、細部に至るまで丁寧に作り込まれており、見る者を魅了する。特に縁頭に傑出したものが多く、その作風は、後世の金工家にも大きな影響を与えた。