鉄元堂正楽は、京都の金工で、岡本源兵衛敏行と称し、工名は尚茂、正楽は後年入道剃髪してからの号である。鉄屋伝兵衛国治の門人であり、一宮長常、大月光興と共に『京都金工の三傑』に数えられる高名な金工として知られる。初代正楽には一人説と初・二代説があり、作風から活動時期は江戸時代中期から後期にかけてと見られる。作には年紀銘を伴うものも現存しており、天明二年(1782年)紀の作例や、安永八年(1779年)紀の作例が確認されている。安永九年(1780年)に没したとされる。
正楽の作風は、主として鉄を用い、鉄を自由にこなす点に特色がある。地鉄は精良で、「鉄物の上手」という定評があるように、鉄の素材を巧みに活かした作品が多い。鉄磨地、鉄石目地、鉄槌目地など、様々な地鉄の表現が見られる。彫技においては、鋤出高彫を得意とし、高彫に金、銀、赤銅、四分一、真鍮などの色金を象嵌する技法を駆使する。象嵌色絵は細部にわたり実に巧みであり、写生力に富み、躍動感に溢れた作風を示す。図柄は人物を得意とし、夕立人物図、韃靼人図、南蛮人図など、異国情緒のある題材や風俗を描いた作品が多い。夕立の情景を描いた作品は特に多く、多少なりの構図を変えて同図を多く製作している。また、牡丹に猫図のように、写生風の作例も見られる。鉄地に肉彫地透を施し、色金を象嵌した作例も存在し、その力強さこそが正楽の真骨頂である。
鉄元堂正楽の作品は、鉄を素材としたものが多く、緻密で鋤出から高彫に連繋する彫法は作品に深みをもたせて量感が増し、これに細やかな象嵌色絵を加えた作品は正楽の独壇場である。鉄のこなしから象嵌まで見事な手腕を披露しており、鉄を扱わせれば追随を許さないといわれる。総じて細部まで高い実力が伝わる仕上がりであり、構成、技法ともに高い水準を示す会心の出来映えを示す。その作風は、雄大、かつほのかなユーモアが感じられるものもあり、見る者を楽しませる要素を持つ。