蝦夷と汎称される一群の金工は、南北朝期から室町時代前期にかけて活動した装剣金工の一派である。その制作地については「どの地で製作されたものであるかは明らかにし得ない」とされつつも、「勿論内地の産で、アイヌ向けに製造されたもの」と説示に明記され、本州側の金工が北方交易を目的として製作した装剣具であることが示されている。彼等が手がけた作品は「蝦夷金物」と通称され、太刀・短刀等の外装に用いられた目貫や拵を中心に、独自の作域を形成している。
蝦夷金物の最大の特徴は地金と鍍金の表情にある。「白みがかるものから黒みがかるものまで様々な山銅を使用して、全体に金鍍金を施し、時代を経るにしたがって古色溢れる独特な味わいのあるもの」となる点が繰り返し述べられる。この鍍金が経年により表面が擦れて「摺り剥がし」の状態となることで、他の金工にはない古雅な味わいを生む。造込みは総じて大振りで、説示には「堂々たる」「力強い鏨使い」「雄渾に彫り上げ」といった評語が頻出し、同時代の後藤家や古金工の繊細な作風とは一線を画す豪放な作域が際立つ。技法としては朧銀地または山銅地に容彫を施し、透しの抜けをすっきりと仕上げるものが多い。根の仕立ては陰陽根が基本で、古風な二つ根や添根を伴う例もある。画題には獅子・獏・牡丹・秋草・茘枝・冬瓜など吉祥の意匠が好まれ、「あたかも鎧金具のような堂々たる目貫」と評される作品もあり、武家の外装具としての威風を備えている。
蝦夷金物は南北朝時代に遡る作品が最も古格を示し、「堂々たる古格」「鏨がするどく効いて彫口が立ち」と評される力強さを持つ。室町時代初期から前期にかけての作品はやや薄手の肉置きとなり、「古雅で味わい深い」「情緒溢れる味わいは、時代を経るにしたがって昇華され、古香を発している」と、経年変化そのものが美質として高く評価されている。蝦夷拵についても「ほど完存のもの」は稀少とされ、皺革包の鞘に牡丹文鍍金魚子地高彫の総金具を備えた形式が「蝦夷の一形式を示すものであり、製作は極めて入念であり貴重」と記される。制作者の個人名は一切伝わらず、全てが無銘であるにもかかわらず、その独特な地金の色相と摺り剥がしの古色、大胆かつ雄渾な造形によって一群として明確に識別され、装剣金工史において唯一無二の位置を占めている。